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下村博文

下村博文の発言32件(2025-05-27〜2025-05-27)を収録。主な登壇先は予算委員会。キーワードで検索・期間指定で絞り込めます。

最近のトピック: 会長 (46) 還付 (44) 事務 (38) 松本 (38) 自身 (37)

役職: 前衆議院議員

役割: 参考人

会議別 出席回数/発言回数
会議名 出席回数 発言回数
予算委員会 1 32
発言一覧
発言者 肩書 日付 会議名
下村博文
役職  :前衆議院議員
役割  :参考人
衆議院 2025-05-27 予算委員会
御質問ありがとうございます。  私自身は、二〇二三年の十一月まで、事務所で不記載があったということは承知しておりませんでした。派閥においても承知していませんでした。二〇二二年の四月に、安倍会長から今後現金による還付は不透明だからやめるという話があったときも、そのときも、それが不記載ということについては全く認識をしておりませんでした。  ただ、私自身が政倫審に昨年の三月ですね、出たときに、自民党の議員からも、それから立憲民主党の議員からも、二〇〇五年に、共同通信や、あるいは、塩谷さんが政倫審で出られたときに、地元の静岡新聞で、二〇〇五年に、当時、清和研の不記載が記事として出ているということが質問されましたし、そのときに私自身も、二〇〇五年から清和研においてそういう不記載問題があるということを承知したところでございます。  いつから始まったのかということは、それ以前、どれぐらい前から始ま
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下村博文
役職  :前衆議院議員
役割  :参考人
衆議院 2025-05-27 予算委員会
御質問ありがとうございます。  先ほど申し上げましたように、二〇〇五年に静岡新聞やあるいは共同通信でそのようなことが報道されたということを、私も、政倫審、委員会等でお聞きをしました。私自身がいつから清和研でそのようなことが行われていたのかどうかというのは承知をしておりません。  そういう意味で、岸田総理、当時の総理が、森会長にも電話でお話をお聞きしたということでありますし、今後については、これは国会で是非お決めになることだというふうに思いますが。  ただ、清和研の会長代理をしていた一人として、やはり誠実に、いつ、どこから、誰かから始まったということについては、我々もより真相究明をしなければ、国民の皆さんから御覧になって、ごまかしているとか、あるいはいいかげんにしているということになると思いますので、誠実に対応していくことが必要だというふうに思います。
下村博文
役職  :前衆議院議員
役割  :参考人
衆議院 2025-05-27 予算委員会
御指摘のとおりであります。  政倫審のときにも質問していただきまして、二回目ということで、ありがとうございます。  御指摘のように、一月の三十一日、記者会見をしたとき、八月五日については、これまでも述べたとおり、還付の再開はしないということの中で、それに代わる代替案として、ノルマ以上の売上げがあった方に対して何らかの資金協力ということで、その後、個人がパーティーをするときに、そのパー券を派閥が買うということでできるのではないかと。ただ、百五十万以上の、実際は、ノルマ以上の売上げをされた方も結構いらっしゃいました。だから、全額それをパー券で、個人のパー券で買うということではなくて、合法的ということで、つまり、百五十万までだったら、派閥としてそのパー券を買うことができるという意味で申し上げたということでございます。
下村博文
役職  :前衆議院議員
役割  :参考人
衆議院 2025-05-27 予算委員会
おっしゃるとおりでありまして、そもそも、不記載であるということについて私が存じ上げておりませんでした。
下村博文
役職  :前衆議院議員
役割  :参考人
衆議院 2025-05-27 予算委員会
それは、明確に、そうではないということをまず申し上げさせていただきたいと思います。  四月に、安倍会長から、ノルマ以上の還付については、現金、不透明だから行わないと。つまり、ノルマだけ売る、売っていただくということが前提であったわけでございます。  私は、当時、それについて疑問に思っていなかったのは、私自身も、自分で、自分の資金集めパーティー等、その時期に、地元でも、あるいは選挙区外でもやっていましたし、そもそも、派閥でノルマ以上の売上げをして、それが記載されたとしても、それは当然の話だとその当時思っていましたから、それを戻すということ自体が、本来の政治家の在り方としていかがなものかと、記載されていてもですね、そういう前提をずっと持って議論を、もちろん八月もしていましたから、不記載があるということを分かって議論したわけではないということでございます。  そして、先ほど申し上げたように
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下村博文
役職  :前衆議院議員
役割  :参考人
衆議院 2025-05-27 予算委員会
ありがとうございます。  松本事務局長は、現職でない国会議員から還付を求める意見が寄せられた趣旨の発言をされたという、今の御質問でございます。  私自身は、六月の下旬に、ある議員から還付を求める声が上がったということについて伝えました。しかし、それは、松本さんがいろいろな派閥の、四人のほかの方々含めた意見を集約するお立場であるということでお伝えしたわけで、安倍会長が御存命のときでもありますし、また、私自身が、会長代理で、会長ではないわけですから、八月五日も含めてですね、私がそのように指示して、そして決められるというそもそも立場ではないわけでございます。  ただ、今の中川先生のお話は、松本さんがそういうふうに取ったのではないかということでありますが、そもそも私自身は決められる立場ではありませんが、そのように取ったとしたら、私は会長代理という立場もありますから、私自身の話し方が松本さんに
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下村博文
役職  :前衆議院議員
役割  :参考人
衆議院 2025-05-27 予算委員会
まず、冒頭、問題提起がありました。そのとおりだと思います。もっと積極的に、私自身含めて、あるいは私自身が、より、政治不信を巻き起こした責任者の一人として、より丁寧に早く説明をしなければならないというふうに思っておりますし、また、今回、このような場をつくっていただいたことを本当に感謝申し上げたいというふうに思います。  還付について、八月五日、誰がということではなくて、私自身も、一人の議員から、ノルマ以上の売上げがあったものについて何とかならないかという話があったということを申し上げましたが、ほかの議員からも同じような話がありまして、これは共通認識として、その前提で、しかし、現金による還付はしないけれども、それに代わる形として個人のパーティーを購入する方法があるのではないかということが議論されたということでございまして、誰かからとか、誰か一人からということではございません。
下村博文
役職  :前衆議院議員
役割  :参考人
衆議院 2025-05-27 予算委員会
私自身は、昨年の四月の四日に一年間党員資格停止という処分がありまして、それはもう謙虚に受け止めさせていただきました。その中で、昨年の十月の衆議院選挙は、これは無所属で戦ったわけでございます。同時に、清和研の同志の方々も、十二人、無所属で戦ったわけでございます。(櫛渕委員「都議会のことを聞いています。都議会自民党について答えてください」と呼ぶ)  都議会について今御質問ということでありますが、私も都連所属の一人として、今回の一連の問題に対して、国民の皆様方に多大なる御心配をおかけしているということについて、心から私自身もおわび申し上げたいというふうに思います。  私自身、現時点で全てのその経緯とか詳細について把握、都議会についてしているわけではございませんが、こういう状況を招いた一員としての責任は重く受け止め、そして、これまでの、それぞれの立場で説明責任を果たすことが必要だと思いますし、
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下村博文
役職  :前衆議院議員
役割  :参考人
衆議院 2025-05-27 予算委員会
政倫審で私自身がお話をしたのは、そのとおりでございます。  そして、そのときに、与党、野党の先生方から、二〇〇五年の清和研の資金集めパーティーの件で、共同通信やあるいは当時の静岡新聞等に記載をされていたということについて、私も初めて知りました。  そのときの清和研の会長が森会長であったわけでございまして、当時から清和研においてそのようなことが行われていたということが、後で報道で知ったということで申し上げましたが、そのスタートがいつなのか、二〇〇五年以前から行われていたのかどうかということは承知しておりませんが、二〇〇五年について、それが報道であったということについて申し上げたわけでございます。
下村博文
役職  :前衆議院議員
役割  :参考人
衆議院 2025-05-27 予算委員会
それは、今申し上げたように、政倫審までに私はそのようには全く認識をしていなかったということでございます。  ただ、政倫審の場で、先ほど申し上げたようなことが与党、野党の先生方から質問されて、そのような報道があったのかということを承知したということでございます。  同時に、政倫審の中で、塩谷議員が、初めて当選したときにはそのようなスキームがあったというふうには認識していない、再当選をされたときにそのようなことがあったということで、それが一九九六年から二〇〇五年の間、いつから始まったかというのは分からないけれどもということでしたから、森会長のときかどうか分かりませんが、少なくとも二〇〇五年のときにそのようなスキームがあったということを、私は政倫審で、そういう質問や、あるいはほかの議員の答弁で知ったということでその後申し上げたわけで、私自身が、当時の政倫審のとき、うそをついていたとかいうこと
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