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吉田栄光

吉田栄光の発言16件(2023-06-13〜2023-06-13)を収録。主な登壇先は財政金融委員会。キーワードで検索・期間指定で絞り込めます。

最近のトピック: 復興 (53) 意味 (27) 被災 (27) 我々 (26) 財源 (20)

役職: 浪江町長

役割: 公述人

会議別 出席回数/発言回数
会議名 出席回数 発言回数
財政金融委員会 1 16
発言一覧
発言者 肩書 日付 会議名
吉田栄光
役職  :浪江町長
役割  :公述人
参議院 2023-06-13 財政金融委員会
○公述人(吉田栄光君) 十二月にこれらマスコミ報道された後に、我々は被災地でありますし、私も議員時代から様々政府、国会の先生方には御指導いただいている立場上、二日後に、私のところに、中身はこういう中身で今議論をしていますと、結果的にはまだまだ出ていないものもあろうかと思いますけれども、こういうことでこういうマスコミ報道がされましたということは私には説明がございました。
吉田栄光
役職  :浪江町長
役割  :公述人
参議院 2023-06-13 財政金融委員会
○公述人(吉田栄光君) 私もこういう立場ですから、受け止め方は一概に、自分の受け止め方と町民の受け止めがひとしく同じかということはお話ししませんが、それぞれ受け止め方は違うかと思います。マスコミ報道を見てない方もおられますね。えっ、それ、そういうこと、どういうことだという方もおられました。  少なからず政治に関わる、行政に関わる方々は興味をお持ちでありますから、これらについては早い段階で今の政府方針については受け止めたと思っています。そのほかの町民全ての方々の考え方については私もなかなか承知しておりません。
吉田栄光
役職  :浪江町長
役割  :公述人
参議院 2023-06-13 財政金融委員会
○公述人(吉田栄光君) ありがとうございます。  まあ全てですね。様々な復興財源でありますけれども、財源の金額だけではないですね。ある意味、求められた、被災者、まあ被災県、岩手、宮城、福島、この三県で、ある意味、一定程度共通して求めるものもあるはずです、被災者の中から。そういったものがタイムリーにできたかどうかということがまず必要でありますし、その財源について、事業については、私はそれほど悪い評価をするものではないと思っています。  あと、これは要らなかったんじゃないかなというのは、ううん、言えません。
吉田栄光
役職  :浪江町長
役割  :公述人
参議院 2023-06-13 財政金融委員会
○公述人(吉田栄光君) いい質問していただいて、ありがとうございました。  帰る帰らない、私は町長になってから、いつ帰るのとそれほど聞いたことはありません。この十二年間の苦労の中で、ようやく一定程度安定した安住の地で、避難先であってもですよ、家族で住める自分の家が持って、ようやく落ち着いたところなんですね。まず、被災地が、様々な御意見ありますが、被災地の物言いは非常に多いです、あそこは、どこは、まあこれは鶏や卵の話になるかもしれませんけど、いまだに落ち着かない話があります。そういった中からすると、この十二年間でようやく落ち着いたわけですから、ある意味、いつ帰るのと言うのは、これだけの事故で、ある意味ナンセンスなことだと私は思っていますから、それほど聞くことはしません。  ただ、先ほど申し上げましたけれども、自分、失うもの失って、賠償というものをいただいて、その賠償である意味違う、代替す
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吉田栄光
役職  :浪江町長
役割  :公述人
参議院 2023-06-13 財政金融委員会
○公述人(吉田栄光君) 非常に健康というのは一番大事な、大切なことですから、ただ、私も、震災後からですよ、その健康、放射線の恐らく影響というものを先生はおっしゃっているんでしょう、その影響については非常に神経質におりました。  ただ、事故後にですよ、私はやっぱり放射能、ああいう事故を正しく学ぶ、正しく怖がる、あとは、避難をしたわけですから、正しく逃げる。特に浪江は高いところに逃げたから、あえて言いますけれども、正しい知識を自分がある意味求めて、今のふるさとがどうなっているかということで自分なりの評価、あとは優秀な研究者が大勢おられますから、そういった方がどういうお考えであるかということをしっかり学ぶことでしょう。  私は六年前に帰りました。今の家は、もちろん帰れませんから、新たに浪江に家を求めて帰りました。当然家族も帰りました。四人の子供もその後全員戻ってきました。今、孫と暮らしていま
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吉田栄光
役職  :浪江町長
役割  :公述人
参議院 2023-06-13 財政金融委員会
○公述人(吉田栄光君) 支援というのは、恐らく様々な事業、政策の中で、私も議員時代思ったことは、かつてこの日本の国の中でこういった補助金含めたメニューはあったんだろうかというぐらいスペシャル的なものを政府は我々被災者に提示をしたものと受け止める者も多くございます。  また、被災している住民からすると、先ほど八割というようなお話、先生もおっしゃいましたけれども、我々の八割というのは町の面積なんですけど、西方の山間部なんですね、山が非常に多い。平場は大体解除になってきているんですけれども。いまだに帰れない人たちの、政策の中で、以前の災害救助法の中での立て付けだと思うんです、当時。そして、家を解体する、解体すると、その解体費用は事業者負担になるんですね。そして、解体をすれば、当然その三百万というお金がある意味いただけるスキームになっています。これは恐らく以前からあった法律の立て付けで、冠だけ変
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