戻る

大森直樹

大森直樹の発言9件(2025-06-13〜2025-06-13)を収録。主な登壇先は文部科学委員会。キーワードで検索・期間指定で絞り込めます。

最近のトピック: 子供 (51) 標準時 (37) 時間 (37) 教育 (36) 時数 (31)

役職: 東京学芸大学現職教員支援センター機構教授

役割: 参考人

会議別 出席回数/発言回数
会議名 出席回数 発言回数
文部科学委員会 1 9
発言一覧
発言者 肩書 日付 会議名
大森直樹
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
私からは、教育課程基準の問題点と改訂の課題について、カリキュラムオーバーロード論も手がかりにしながらお話をさせていただきます。  カリキュラムオーバーロードという言葉が日本語の文献に表れるようになったのは、二〇二〇年頃からです。文部省からOECDに出向して、小中の指導要領が二〇一七年に告示された直後に文部科学省に戻る、そうした経歴の白井俊は、その語義について、一般に、カリキュラムにおいて、学校や教師、生徒に過大な負担がかかっている状態と説明しています。お手元の資料には、私と同じく大学教員の奈須正裕の説明と、私の説明も載せています。  論者により語義の説明に違いはありますが、共通しているところが三点ございます。第一、カリキュラムの子供への過大な負担を問題にしていること。第二、二〇一七、告示された小中の学習指導要領、これを以下、二〇一七学習指導要領と略称します、その下での学校をカリキュラム
全文表示
大森直樹
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
御質問いただきまして、ありがとうございます。  今御指摘のございました、通信制高校の広がりですね。  実は、私のゼミ生の中にも、かつて、通信制高校を経て大学に来た学生がおりました。その学生が申しますには、進学の普通高校に、いわゆる進学校に進んで張り切って勉強したんだけれども、何かそこになじむことができない、そういったところで随分悩みまして、通信制高校に行きまして、そこでは本当に温かく受け止めてもらえたということが、本人が言っておりました。  ですから、現状、通信制高校は様々ですけれども、それが多様な子供たちを受け止める役割を果たしていることはすごく大きなことだと思っています。  でも、その一方で、普通高校が、決して少数ではなくて、かなり多くの子供にとって学びづらい場所になったり、私の方では、御報告させていただいた義務教育諸学校が、幾つかの数字を見ても、かなり多くの子供たちにとって厳
全文表示
大森直樹
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
御質問ありがとうございます。  減らすのはやはり難しいところがございます。私も大学で教員をしておりますので、小学校でも大学でも、教員には、学生のためになるなら、子供のためになるなら頑張ってこれもあれもやはり教えていこう、そういう気概のようなものもございます。  でも、この間、もうそういったことが限界になっていますし、教員のサイドだけではなくて、日本の教育課程の在り方というのは、やはり教育課程基準の影響が大きいものでございますから、やはりそれも減らすところを考えなければいけないというふうに思っております。  では、どこなのかということなんですけれども、やはり一つは、標準時数のそもそものボリュームを変えないと、今はもう本当に、小学四年から中学三年まで、額面どおりにやると毎日六時間という状況ですから、ここは、簡単ではないかもしれないけれども、減らしていくということが必要だと考えております。
全文表示
大森直樹
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
御質問ありがとうございます。  私は、常々、教育研究の最前線は小中高の現場にあると考えているんですけれども、東京で、葛西であったり、あるいは新宿であったり、外国にルーツを持った子供たちがたくさんいる学校でずっと勤められてきた先生方からこういうことを教わったんですね。  その先生方、初めのうちは、やはり、外国から来た子供たち、日本語がハードルが高いですから、そこをケアするのが一番大事だろうと思って、一生懸命教えるんです。でも、それだけじゃ、何か子供たちの顔が晴れていかないんですね。何が必要かということを考えたら、外国から来た子供たちが自分のルーツの文化のことを自然に話せる、日本の子供たちがそれを一緒に話せる、そういう教室が必要なんだということに気がつかれたとおっしゃっています。  その先生方、どういうふうにやったかというと、学校でギョーザを作るんです。そのギョーザを作るときの何が起こる
全文表示
大森直樹
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
御質問ありがとうございます。  やはり今いただいた内容というのは、教育課程の在り方と本当に直結するなというふうに思っているところでございます。  お手元の私の資料なんですけれども、八ページをちょっと御覧いただけるとありがたいです。  一番下のところなんですけれども、例えばなんですが、小学校で教員の勤務が八時十五分から十六時四十五分という場合です。これは、学校によって違いはございますけれども、今の標準時数ですと一日六時間ですから、子供が帰る放課後は十五時三十分ということになります。現状どうなっておりますかというと、この十五時三十分から十六時四十五分の一時間十五分の中で、法律が定める休憩を取って、それから職員会議をして、教材研究をして、それから、今は時数がぴったりなので、時間割りを毎日のように組み直す必要がございます。それで、保護者対応していく。収まるのか。収まりません。  そうすると
全文表示
大森直樹
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
小学校、中学校、高校、これは大学も共通かもしれませんけれども、例えば国についての理解が曖昧なままの状態でいいのかということでもあると思います。  やはり、教育、特に小学校のことでいいますと、子供たちを科学の世界にいざなっていくということがあると思います。そうした中で、社会の仕組みであるとか、自国のこともそうですし、他国のことも含めて、しっかりとした認識を形成していく。段階としては、子供たちは、やはり初めは、低学年ではすごく身の回りの小さな世界の中で生きていますけれども、そういった子供たちの生活の問題とも結びつけながら科学にいざなっていって、その延長線上には、今御指摘をいただいたような国家とは何であるかとか社会とは何であるか、それに関してもしっかりとした認識を形成していくということが大切ではないかなというふうに考えております。
大森直樹
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
御質問ありがとうございます。  私も、柔軟性であったり裁量という言葉はとても大切な言葉だなというふうに思っております。そのときに、柔軟性あるいは裁量性、言葉は一つでも、歴史の中でちょっと意味合いが異なっているのかなというふうに考えております。多くの人が思っている以上に、戦前にも実は柔軟性や裁量性も部分的にはございました。  例えば、授業時数ですと、週二十こまという形に決まっておりますから、これは大変分かりやすいですよね。年間千十五時間やりましょうと言われるよりも、二十こまやりましょうというとイメージがしやすいので、このときは教員も子供も、学校での学習というのは、教育というのはこういうことなんだということが理解されていて、それを把握した上で、じゃ、今日はちょっと校外に、遠足に行ってみようかとか、そういった裁量であったり柔軟性が実はございました。  これは戦後も同じでして、やはり一九八〇
全文表示
大森直樹
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
御質問ありがとうございます。  まず、裁量の問題については、問題の大きさに対する整理がまだ教育学では十分にできていないところもあるかもしれません。  まず、裁量の主体の問題がございまして、一般的に教育界で裁量という言葉を使うと、それはたくさんあった方がいいよねということになりがちなんですけれども、裁量の主体が誰なのかということが一つポイントになってまいります。  例えば、地方分権の時代ですから、国との関係で教育委員会や学校に裁量権があるというのは、その関係の中では地方分権を前進させるということになると思いますし、だけれども、子供の視点から見た場合、子供自身の裁量というのは子供自身が持っていないと、それ以外の人が持っていても子供にとっては裁量性が狭くなるというところがあるんですね。  ですから、裁量についての議論は、その局面局面でどこにどれだけの裁量があるべきかということを、歴史的な
全文表示
大森直樹
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
今の御指摘は、通知そのものの問題と、それから、通知を支えている様々なメカニズムもあるかもしれないというお話であったように思います。  その通知を支えているものということでいいますと、ちょっと三ページを御覧いただけるとありがたいです。ここで、六八年から二〇一七まで、小学校、中学校それぞれの標準時数、五年生と中学一年生だけですけれども、全体像を示しております。  この中で、ゴシックの数字があるんですけれども、これが何かと申し上げると、三十五の倍数が崩れたところなんですね。これは細かな問題に見えるんですけれども、先ほど音楽の事例を出しましたけれども、五十時間、図工もそうですよね、五十時間になると分かりづらさが出てくるんですね。  それ以前のやはり標準時数というのはよい意味でシンプルなところがございまして、年時数の制度ではあるんですけれども、この三十五の倍数を使うことによって、もう立ち所に週
全文表示