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森雅志

森雅志の発言15件(2023-04-18〜2023-04-18)を収録。主な登壇先は国土交通委員会。キーワードで検索・期間指定で絞り込めます。

最近のトピック: 交通 (41) 大事 (20) 都市 (18) 雅志 (15) 公共 (14)

役職: 富山大学客員教授/京都大学非常勤講師/前富山市長

役割: 参考人

会議別 出席回数/発言回数
会議名 出席回数 発言回数
国土交通委員会 1 15
発言一覧
発言者 肩書 日付 会議名
森雅志
役割  :参考人
参議院 2023-04-18 国土交通委員会
○参考人(森雅志君) 脱車と言っているわけじゃないんですね。車も使うんですけど公共交通も使うと、そういうライフスタイルに変えていこうというふうに市民に説得をするということをしてきたわけですけれども、様々なデータは二十年もやってきましたので今あります。様々な、ガソリンの消費量がどうなったとか、渋滞解消はどうなったとか、路面電車の利用者がどう推移したか、さらに、京都大学の先生と協力して、千二百人ぐらいの人を対象に三年ごとに生の医療費を調査させてもらっているデータもあります。去年三回目をやりました。したがって九年目になるんですが、同じ対象者について一年間の医療費が幾らだったかということを同意を取って調べてきて、そして、よく路面電車を利用する、よくバスを利用する、公共交通を利用する人とそうじゃないカテゴリーとでどう変化するかということについても、統計学的にきちっと評価してもらえるほどのサンプルでや
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森雅志
役割  :参考人
参議院 2023-04-18 国土交通委員会
○参考人(森雅志君) 一言で言うと、当初は物すごく苦労しました。そういう協議をする制度がなかったわけで、JR金沢支社とその辺りを随分何度も協議をして取り組んできました。  現在も増発分の負担をしておりますが、予定した乗客数を超えた場合に、その超える分は返ってくるという仕組みになっておりまして、簡単に言うと、三千万円年間負担して一千万円返ってくるみたいな今は状況です。  ですけど、結果として、本数減らしても利用者がなお伸びているわけですので、元の三十六本に戻して、今四十一本走らせているんですが、三十六本に戻すとそれでも増えるかということは恐ろしくて挑戦できていませんけれども、おっしゃるとおりです。何も制度もない中で協議をして、のみ込んでもらったということです。
森雅志
役割  :参考人
参議院 2023-04-18 国土交通委員会
○参考人(森雅志君) 小さなホームだけの駅を一つ造りました、高山本線に。それも最初は社会実験として位置付けてやったわけですが、一定程度の利用者が、四千人だったかな、一日、超えれば常設駅に向こうは認めるということなどがありまして、現在は時刻表にもうちゃんと載っている駅です。  なかなかJRでこういう取組は全国でも珍しいというふうに聞いていますけれども、やっぱりそこは最後は、市民の生活の質を上げるために取り組んでいるわけですから、全く聞く耳を持たないという姿勢ではなかったわけです。だから、その中で合意点をどう見付けていくか。  本数を増やすというのは、すごく向こうは御苦労されています。車両も持ってこなきゃいけませんし、乗車人員、運転手を含めて、管理者も含めて、そういう手配もありますので、難しいのは難しかったと思いますが、しかし、結果としていい参考事例になったかなというふうには思います。
森雅志
役割  :参考人
参議院 2023-04-18 国土交通委員会
○参考人(森雅志君) 介護保険法で言う地域包括支援センターが今、富山市には三十二か所あります。中核市で一番たくさんあります。一か所の対象高齢者も少なくて、かなりきめの細かいケアができています。それから、中心部に市営の診療所もつくって、常設で常勤医師三名、看護師四名、どんな遠くても訪問診療に行くということもやっています。また、産後ケアセンターをつくって、八週間まで何泊してもらってもいいというような、お子さんと、赤ちゃんと一緒に来る施設をつくったり、それからお迎え型病児保育を全市的にやったり、様々なことをやっています。  そういうことの財源をつくるためにも、さっきちらっと言いましたが、必ずしも平準的や均質ではないサービスをやってきたわけです。税で還流するところには厚く投資をして、まず税収を上げて自主財源をつくって、で、様々な福祉施策にもそれを財源として充てるということをやりました。  その
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森雅志
役割  :参考人
参議院 2023-04-18 国土交通委員会
○参考人(森雅志君) 廃線のは、富山港線という八キロほどの短い枝線でしたが、富山駅の連続立体交差事業をして新幹線を入れるために駅に余裕な土地がなかったので富山港線を廃止する、そこに空間をできて、それを順番にドミノ式に南へ移っていって、そこに新幹線を造ったんです。  したがって、この廃止についてはかなりの多くの市民はやむを得ないなという受け止め方をしておりました。ですけど、鉄軌道をなくすということには抵抗が私自身はありましたので、あえて道路上に新たな軌道を造って駅にアプローチするという選択肢をしてLRT化したということです。だから、廃線についての反対とかそういう議論は余りありませんでした。