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立憲民主党・無所属

立憲民主党・無所属の発言40076件(2023-01-19〜2025-12-18)。登壇議員157人・対象会議61件。期間や会議名で絞込可。

最近のトピック: 使用 (52) 制度 (51) 旧姓 (47) 生産 (46) 答申 (38)
発言一覧
発言者 肩書 日付 会議名
田嶋要 衆議院 2025-02-07 予算委員会
説明会じゃないって、大臣。今の整理された話を説明するだけじゃ、ほとんどの国民は、ああ、そんなものかなと思っちゃうと思うんですよ。  私が取り上げているのは、本当に詳しい方々が心配しているから、私は真摯に向き合っているんです。映画も出されているんですよ。本も出ているんですよ。生半可なことでそんなことをしないじゃないですか、人生を懸けて。これは、もう一度問題が起きたら大変まずいことになる、そういう思いからやっているんだから、私はそういうのは向き合わなきゃいけないと思う。そうじゃないと、まさかそんなことになっているとは思いませんでしたと、昔どこかで聞いた会話がまた始まりますよ。それが安全神話でしょう。是非お願いしたいと思います。  時間がありませんので、次の質問。  先ほど申しました重要ないろいろな挑戦というのは、私は否定するものではありません。しかし、一兆円と聞いたら、ちょっと大丈夫かな
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田嶋要 衆議院 2025-02-07 予算委員会
時間が限られていますが、是非、失敗をちゃんと生かせるように。これは明らかに中途半端な支援だったんじゃないかなと。そして、最後にお金を出したのは二〇一五年。その年は委員会で視察もしているんですよ。もうでき上がる寸前の飛行機を見させてもらいましたから。胸が躍りましたよ。でも、そこから何かすっと潮が引くように、どうなっちゃったのかなと。以来、何の説明もないわけですよね。それでまた今回、八百億円を超えるお金を出したいと。これはやはり、国民は納得できませんよ。そこはよく反省して、そして、ラピダスというあと二桁多い話が本当に大丈夫か。  最後に一問だけ。このラピダスですが、誰が船頭になるプロジェクトなんですか。船頭多くして船進まずといいますが、船頭が誰もいないプロジェクトも船は進まないですよ。今、国がほとんどの金を出しています。九千二百億、今回の当初予算で一千億の金融支援という話でございますけれども
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安住淳 衆議院 2025-02-07 予算委員会
じゃ、最後に野原商務情報政策局長、この三点について簡潔に答えて、質疑時間が間もなく終了しますので、答えてください。
安住淳 衆議院 2025-02-07 予算委員会
時間なので、簡潔に。
田嶋要 衆議院 2025-02-07 予算委員会
ありがとうございます。  リスクマネーがどこから出てくるかということを注視をして、引き続きデューデリジェンスを行っていきたいと思います。  ありがとうございます。
安住淳 衆議院 2025-02-07 予算委員会
田嶋君に申し上げます。  先ほどの質問の答弁で、補足の部分は、資源エネルギー庁の電気・ガス事業部から会館の方に答弁をいたします。  これにて田嶋君の質疑は終了いたしました。  次に、篠原孝君。
篠原孝 衆議院 2025-02-07 予算委員会
立憲民主党、略称民主党の篠原孝でございます。  久方ぶりに質問させていただきます。  まず、経済産業省。  今ずっと、ラピダス、TSMC、予算をつけ過ぎだという指摘もあれば、いや、つけていいんだとか、小泉進次郎議員のは、何か、けちをつけているのか支援しているのか分からない、中途半端な質問でしたけれども。常識から考えて、何年にもわたって、かつ、金融支援だ、それから補正予算だというのを、膨大な金額を一私企業につぎ込むというのは、私の常識からすると、ちょっと行き過ぎだと思うんですけれども、経産省は、今までこんなに巨大な金額を一私企業に投入したことがあるんでしょうか。
安住淳 衆議院 2025-02-07 予算委員会
ちょっと待って。速記止めて。     〔速記中止〕
安住淳 衆議院 2025-02-07 予算委員会
速記を起こして。  官房長。
篠原孝 衆議院 2025-02-07 予算委員会
委員長の御指摘のとおり、ぐちゃぐちゃ言っていて、何を答えているのかよく分からないですね。事業で一兆円を超えるのはありますよ、そんなの。だけれども、一私企業にこれだけどんというのは余りないと思うんです。  資料、四ページの資料を作ってありますので、よく見ていただきたいんです。  私は、当然、質問の意図を考えて恣意的に作っていますけれども、並べ方だけが恣意的であって、数字だとか大臣名というのはみんな同じです。武藤家が長らく大臣のポストを占めておられるので、それに敬意を表して特別の表を作りましたので、ちゃんと答えてください。  武藤嘉文さんに、私は、下っ端で農林水産大臣のときに仕えました。下に書いてありますが、転作を始めたときです。一九七八年水田利活用再編と書いてありますけれども、減反政策をこの年から始めたんです。ちょっと前です、武藤嘉文農林水産大臣の前に。  九〇年は通産大臣ですから仕
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