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発言統計グラフ
発言一覧
発言者 肩書 日付 会議名
古波藏契
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 沖縄及び北方問題に関する特別委員会
東京科学大学の古波藏と申します。よろしくお願いいたします。  僕は、専門が沖縄を対象とした歴史社会学になっていて、平たく言うと沖縄の戦後の歴史の研究をしています。それとは別に、沖縄以外の条件不利地域をフィールドとした地域コミュニティー、これを力づけたり、自分たちで事業をつくったりといったことにも取り組んでおります。  今日の話は、自分がこれまで学術書、一般書で書いてきた話と、それから地域づくりに関わる中で見聞きしてきたことから三点だけお話をしたいと思っています。  一点目が、まず、沖縄振興というのが、基本的に八十年間経済の成長だけを追求してきてしまっていたところがあるという話。  それから二点目に、経済は成長しているんだけれども、では、それが社会的な豊かさにつながっているかというと、必ずしもイコールにはなっていないかもしれないなという話。八十年ずっとそれをやってきてそうなってしまっ
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逢坂誠二 衆議院 2025-06-13 沖縄及び北方問題に関する特別委員会
ありがとうございました。  次に、松本参考人にお願いいたします。
松本侑三
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 沖縄及び北方問題に関する特別委員会
皆さん、こんにちは。私は千島歯舞諸島居住者連盟理事長の松本です。  私は、択捉島留別村天寧で天寧郵便局長の三男として生まれ、そこで幼少期を過ごしました。  本日は、当委員会の逢坂委員長、そして各委員の先生方の御高配を得ながら、こういうような説明できる場を設けていただきましたこと、もう感謝に堪えません。  また、常日頃より私たちの活動に御理解、御援助いただいております皆様方に、併せて、この場をおかりしてお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございます。  本来であると、皆さんにお配りした資料の順にお話を進めていかなければならないと思うんですが、その前に、私、島民として、私たちの気持ちをまず最初に伝えさせていただきたいと思います。  私の生まれた島、択捉島は、湖沼と湿原の島と言われ、自然が豊かで、そして極めて漁業資源を中心にした資源が豊富な島です。  先ほどと同じことを申し上げま
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逢坂誠二 衆議院 2025-06-13 沖縄及び北方問題に関する特別委員会
ありがとうございました。  次に、石垣参考人にお願いいたします。
石垣雅敏
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 沖縄及び北方問題に関する特別委員会
おはようございます。  根室管内一市四町で構成をいたします北方領土隣接地域振興対策根室管内市町連絡協議会の会長を務めております、根室市長の石垣であります。どうぞよろしくお願いを申し上げます。  衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会の皆様の御高配を賜りまして、意見陳述の機会をいただきましたこと、御礼を申し上げます。  また、皆様には、日頃より北方領土返還運動原点の地域であるこの根室管内に熱い目を向けていただき、万端にわたっての御支援、御指導を賜っておりますことにも、心から敬意と感謝を申し上げます。  また、昨年の七月四日には、北方領土問題に関する実情調査として、九名の委員皆様が現地に入り、視察そして懇談の場を実施をしていただきました。また、十二月一日の、これは安藤石典が初めて北方領土の陳情書を書き上げた日でありますが、東京での北方領土返還要求中央アピール行動でも多くの委員皆様の御
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逢坂誠二 衆議院 2025-06-13 沖縄及び北方問題に関する特別委員会
ありがとうございました。  以上で参考人の方々からの意見の開陳は終わりました。     ―――――――――――――
逢坂誠二 衆議院 2025-06-13 沖縄及び北方問題に関する特別委員会
これより参考人に対する質疑に入ります。  質疑の申出がありますので、順次これを許します。向山淳君。
向山淳 衆議院 2025-06-13 沖縄及び北方問題に関する特別委員会
自由民主党の向山淳でございます。  本日は、参考人の四人の皆様には、本当にお忙しい中で貴重なお話をお聞かせいただきまして、心から感謝を申し上げます。  私、北海道の選出の議員でございますので、本日は、松本理事長と石垣市長、お二人の参考人に主にお話をお伺いしたいというふうに考えております。  また、個人的なことを申しますと、私の祖父が戦中は陸軍におりまして、一九四四年の三月から、根室から色丹島に渡っておりまして、まさに四五年の八月以降のソ連軍の北方領土への南下そして不法占領というときに、九月一日に色丹島でソ連軍にシベリア抑留をされるというような経験を有しております。その観点でも、私自身、北方四島の早期一括返還に向けても非常に深い関心を持って取り組みたいというふうに考えている所存でございます。  さて、先ほど石垣市長の方からもございました、北方墓参というのを実現していかれたいという中で
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松本侑三
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 沖縄及び北方問題に関する特別委員会
ただいま御質問いただきました墓参につきましては、先ほど私も申し上げたとおり、これは私たちの運動の原点であるという前提です。  それと、洋上慰霊に切り替えざるを得ないということにつきましては、島民の間から、どうしても行けないのであれば一歩でも島の近いところで慰霊をしたいんだという申入れがありまして、それを受けて実施している状態です。本来はこういう形ではしたくなかった。全島が見えるような洋上慰霊ならまだいいけれども、それもできない状態で、非常に歯がゆい状況に追い込まれているのは事実であります。  ただ、墓参ができなくても、洋上慰霊をする中で、単に慰霊だけで終わらせないで、実は、その中で交流会を持ったり、いろいろな方とお話をしていただいたりというような形で、北方領土問題の解決に向けたそういう一つの話合いの場も持っているということを御理解いただければと思います。  墓参は私たちの命だと思って
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石垣雅敏
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 沖縄及び北方問題に関する特別委員会
御質問ありがとうございます。  北方墓参につきましては、まずは歴史をひもとけば、北方墓参は昭和三十九年であります。そして、その前々年、昭和三十七年の十月がいわゆるキューバ危機であります。多少のデタントはあったものの、東西冷戦構造の中であっても、また電話も電報も自由ではない、そんな時代の中でも、時の政府も政治もまた各団体も、本当に針の小さな穴を通すようなそんな思いで実現した墓参でありますし、また、当時はソ連共産党と結んだ墓参であります。そんな意味から、是非とも、今電話も電報も自由でありますし、何とか人道的見地から再開してほしい、今理事長お話しのように、まずこれは私どもの一番の願いであります。  そんな意味で、今洋上慰霊をやっておりますけれども、去年から一泊のシステムを取り入れまして、その中で、皆さんの交流、また北方領土について学習し直ししようという流れもあります。そんなこともしっかり、皆
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