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文部科学委員会

文部科学委員会の発言7282件(2023-03-08〜2025-12-17)。登壇議員264人。関連発言を時系列で確認できます。

最近のトピック: 紹介 (114) 教育 (108) 学校 (79) 時間 (71) 指導 (61)
発言一覧
発言者 肩書 日付 会議名
浮島智子
所属政党:公明党
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
ありがとうございました。  これで終わらせていただきます。
中村裕之 衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
次に、大石あきこ君。
大石あきこ
所属政党:れいわ新選組
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
れいわ新選組、大石あきこです。  参考人の皆様、今日はありがとうございます。どの参考人の皆様からも、現場での教育実践をお伺いすることができて、本当によかったです。子供たちが障害の有無とか、また国籍とか母国語に関係なく共に学んでいく、愛情を持って接していくという実践をされていることを拝聴できまして、感銘を受けました。本当にありがとうございます。  私は、本日は、学習指導要領についてお伺いしたく、大森参考人と澤田参考人にお伺いしたいと思います。  学習指導要領については、現状、もう既に参考人の方々からも話されましたけれども、どうも罰ゲームとして機能しているだろうと思っています。それで、これは何とかならないのかという観点からお伺いしたいんですけれども、大森参考人と澤田参考人にお伺いしたいのですが、なぜお伺いするかというと、裁量や柔軟性のことを語られているんです、おっしゃられているんですね。
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大森直樹
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
御質問ありがとうございます。  まず、裁量の問題については、問題の大きさに対する整理がまだ教育学では十分にできていないところもあるかもしれません。  まず、裁量の主体の問題がございまして、一般的に教育界で裁量という言葉を使うと、それはたくさんあった方がいいよねということになりがちなんですけれども、裁量の主体が誰なのかということが一つポイントになってまいります。  例えば、地方分権の時代ですから、国との関係で教育委員会や学校に裁量権があるというのは、その関係の中では地方分権を前進させるということになると思いますし、だけれども、子供の視点から見た場合、子供自身の裁量というのは子供自身が持っていないと、それ以外の人が持っていても子供にとっては裁量性が狭くなるというところがあるんですね。  ですから、裁量についての議論は、その局面局面でどこにどれだけの裁量があるべきかということを、歴史的な
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澤田稔
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
御質問ありがとうございます。  現場への縛りということを考えるときに注意したいなと思っているのは、学習指導要領そのものもやはり大事な部分はあると思うんですけれども、つまり、拘束性というものがありますので、学界では、もうそろそろ、一旦、手引的な、戦後の、もう少し柔軟な運用がそれこそ可能になるような部分を、考え直してもいいのではないかという議論も行われているぐらいですので。  しかし、一方で、今、学習指導要領だけを見ていても現場の縛られ感というのが見えない部分があるというふうに申し上げるのは、これは現場の責任も部分的にはあるかもしれないので難しいんですけれども、一つは、検定教科書です。  検定教科書には、学習指導要領の項目を複数回、同じ学年の中で重複して掲載していたりとか、学習指導要領を中心に考えると必ずしもそのページをやらなくても構わない部分があるんですけれども、教科書に頼るという形で
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大石あきこ
所属政党:れいわ新選組
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
そうですね、学習指導要領の法的確認だったりは本当に必要だと思っています。結果として、必要な法改正があったりとか通知の出し直しがあったり、法制度整備というのも必要かもしれませんけれども、そういうある意味の勘違いといいますか、そこまでそもそもやらなくてもいいのに、やらなければいけないものとして罰ゲームとして機能しているのではないかなという問題意識がありまして、引き続き、大森参考人と澤田参考人にお伺いします。  お二人とも、二〇〇三年の文科省の通知を資料の中に引用されていますよね。この通知によって標準の解釈の実質的変更が、実質的になされてしまったんだよという文脈でお書きになっています。アとイから構成されて、アが、授業時数の実績の管理を厳格化して、併せてイで、標準を上回る適切な指導確保により、標準の解釈の実質的変更、上回っても下回ってもよいというところが、下回っちゃいけないよという解釈変更として
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大森直樹
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
今の御指摘は、通知そのものの問題と、それから、通知を支えている様々なメカニズムもあるかもしれないというお話であったように思います。  その通知を支えているものということでいいますと、ちょっと三ページを御覧いただけるとありがたいです。ここで、六八年から二〇一七まで、小学校、中学校それぞれの標準時数、五年生と中学一年生だけですけれども、全体像を示しております。  この中で、ゴシックの数字があるんですけれども、これが何かと申し上げると、三十五の倍数が崩れたところなんですね。これは細かな問題に見えるんですけれども、先ほど音楽の事例を出しましたけれども、五十時間、図工もそうですよね、五十時間になると分かりづらさが出てくるんですね。  それ以前のやはり標準時数というのはよい意味でシンプルなところがございまして、年時数の制度ではあるんですけれども、この三十五の倍数を使うことによって、もう立ち所に週
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澤田稔
役割  :参考人
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
御質問ありがとうございます。  ただ、やはり、私の専門ではないので、本当にちゃんとお答えすることができないということだけ正直に申し上げたいと思います。教育行政学とか、そういった方々の御専門の知識をかりたいというところがございます。  その上でですけれども、要するに、現場は、通知はかなり縛りが強いものとして受け止めています。事務連絡と通知は全然違うものとして受け止めていますので、したがって、現場の受け止め方は、通知と来たときには、そんな、やってもやらなくてもいいという感覚で通知を受け止めている自治体とか学校というのは恐らくないのではないかというふうに思っていますので、そう思われているよということと、文科省はそうは言っていないよと言うと思うんですけれども、この間を埋めていただかないと今の問題は解決しないのではないかと、一アドバイザーとして学校に関わっている立場で校長先生としゃべっているとき
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大石あきこ
所属政党:れいわ新選組
衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
ありがとうございます。  お二人のお答えとも、やはり政治的だったり文科省の方での見えない力といいますか、学校の先生が思考停止したり硬直化している性質だというよりは、もうちょっと違う、見えない力といいますか、そういう空気によって、通知が厳格に守らないと死ぬものみたいなルールとして機能してしまっているのかなと思いました。  先ほどの三十五の倍数という話も、滑稽といえば滑稽なんですよね。究極、裁量とは何かというと、これは五十に必ずしもしなくていいぞという話があればそうはならないわけですけれども、三十五の倍数でないことによっていろいろな混乱を来すというのは、確かに私の子供も、先ほどランドセルのお話もありましたけれども、ランドセルにちゃんと入らないんですよね、時間割りが。何かちょっと、線とかが引いてあって変なんですよね。そういうのがここに、私の時代のシンプルな時間割りではなく、表現に苦労されてい
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中村裕之 衆議院 2025-06-13 文部科学委員会
以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  この際、参考人各位に一言御礼を申し上げます。  参考人の皆様には、大変貴重な御意見をお述べいただきましたこと、本当にありがとうございます。今後の文部科学行政の参考にさせていただきたいと思います。委員会を代表して、心から厚く御礼申し上げます。ありがとうございます。(拍手)  次回は、来る十八日水曜日午前八時五十分理事会、午前九時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午前十一時四十三分散会