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日本放送協会経営委員会委員長

日本放送協会経営委員会委員長に関連する発言83件(2023-03-16〜2026-04-02)。登壇議員2人。関連する会議録を横断的に参照できます。

最近のトピック: 経営 (128) 執行 (80) 古賀 (50) NHK (39) 放送 (31)
発言一覧
発言者 肩書 日付 会議名
古賀信行
役割  :参考人
衆議院 2025-11-27 総務委員会
高井議員のおっしゃっていることはよく分かります。  ただ、私は、組織の長たるもの、その属性もありますが、一番大事なのは、その組織の現状においてどういう課題があって、それを解決するにはどうしたらいいか、この観点が非常に大事だと思います。よく、企業経営でも、企業経営者としてこの人が立派ですよねと言いますが、私は、企業の状況によって、立派な人も立派に仕事ができないケースがあると思います。  だから、最も大事なのは、その組織にとって何が一番大切か、それを解決するにはどういう人がいいのか、この観点を貫いていかないと、私は、そういういい長は選べないというふうに思って、今鋭意考えております。  以上、お答え申し上げました。
古賀信行
役割  :参考人
衆議院 2025-11-27 総務委員会
放送法において、会長は経営委員会が決めると書いてあります。これは、私は、決める権限ではなくて、決める責任だと思ってやってまいります。(拍手)
古賀信行
役割  :参考人
衆議院 2025-11-27 総務委員会
三年前、私は経営委員でもございませんので。だから、現実、その場におりませんので、ここで確たることを申し上げるというのはちょっと差し控えさせていただきますけれども、私は、真摯にやった、そう信じております。
古賀信行
役割  :参考人
衆議院 2025-11-27 総務委員会
私、考えますに、会長の選任のプロセス、これはきちっとやはり真正面から見詰めてやる、そういうものだと思います。したがって、経営委員会になぜ負託されているか。やはり経営委員の自主的な判断、これを前面に出せよということが法の趣旨だと思います。  委員御指摘のように、途中でいろいろあります。政権とよく言われますけれども、政権があるのかどうかは私は知りませんが、そうじゃなくても、市民団体から、いろいろなところから、これがいいぞ、あれがいいぞというのはあります。それを途中でディスクローズしたらいいんじゃないかという御指摘でありますが、私は必ずしもそうは思いません。というのは、そういうプロセスを示せば、必ずそのプロセスに乗って、それを阻害しようとする、そういう人たちの便法にもなります。  したがって、ここはやはり、会長を任命するというのは経営委員会の最大の責務だと思いますから、これはやはり、そういう
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古賀信行
役割  :参考人
衆議院 2025-11-27 総務委員会
委員、お言葉ではございますが、私はこれは懸命にやっています。懸命にやって、全部終わったところでは、その経過について一定のディスクローズをするつもりです。  最後のお答えの、現時点はあるか。全くございません。
古賀信行
役割  :参考人
衆議院 2025-11-27 総務委員会
今後の過程は極力私は明らかにしていきたい、こう思っております。政権、政権と、政権ばかりおっしゃいますが、世の中にはたくさんの方がいらっしゃいますから、いろいろな意見が寄せられます。その全てについてディスクローズするかどうか。  ただ、大きなプロセスの中で影響を受けるような事象については、やはり一定のディスクローズをすべきだろう、このように考えております。
古賀信行
役割  :参考人
参議院 2025-04-01 総務委員会
三月二十五日の経営委員会に執行部から令和七年度暫定収支予算、事業計画及び資金計画の認可申請について御提案がありましたので、審議の上、議決いたしました。
古賀信行
役割  :参考人
参議院 2025-04-01 総務委員会
六条の中身でございますか。この六条というのは、議事録は永久保存するとされておりましたが、これを保存期間を三十年とするというふうにまず改めております。
古賀信行
役割  :参考人
参議院 2025-04-01 総務委員会
昨年もお答え申し上げましたけれども、確かに長く長く置いておくというのは大事なことであります。  ただ、逆に言いますと、何でもかんでもというのもこれ確かに問題なわけで、したがって、きちんとした形でディスクローズした、ディスクローズすればその記録は残りますから、後で確認もできますし、原本保存の期間についてはやっぱり一定の効率性といいますか、それも確保していかなきゃいけないのではないかと、私はこのように認識をいたします。
古賀信行
役割  :参考人
参議院 2025-04-01 総務委員会
見直しというのは絶えず図らなきゃいけないというのを基本観には思っております。したがって、これは絶対に見直さないということは、私、一切ございません。