参議院
参議院の発言170251件(2023-01-20〜2026-04-24)。登壇議員2895人。会議名でさらに絞り込めます。
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発言一覧
| 発言者 | 肩書 | 院 | 日付 | 会議名 |
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| 高良鉄美 |
所属政党:沖縄の風
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参議院 | 2025-06-12 | 外交防衛委員会 |
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今回、弾薬保管庫ということでしたけれども、資料の一の四は、これ沖縄防衛局の委託業者が米軍北部訓練場返還跡地で見付かった不発弾を、これ昨年、浦添市の住宅街にある事務所内に保管していたことが明らかになっています。戦後八十年が経過する中で、不発弾の危険性に対する認識が薄れているようにも感じますが、今回の事故を契機に、防衛省・自衛隊としても、不発弾に対する認識、処理手順の確認を含めて再点検すべきだと思いますけれども、中谷大臣の御見解をお伺いします。
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| 中谷元 |
所属政党:自由民主党・無所属の会
役職 :防衛大臣
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参議院 | 2025-06-12 | 外交防衛委員会 |
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今回の事故は、既に回収、保管していた不発弾を業者に渡すための作業の過程で起こったものでありますが、この種の作業については既に今停止をいたしております。
こういったことにつきまして、もう一度、この事故原因の、発生の原因を調査をいたしまして、こういった安全管理を徹底した上で継続することを考えておりますので、現在、事故調査委員会、これの点の処理の在り方について、特に隊員の安全を確保する、また周囲に被害を及ぼさない、こういった不発弾処理の危険性を再認識させて、取扱事項について徹底を図ってまいりたいと考えますし、また、沖縄の県下にはまだまだ多くの不発弾が地中に埋没していると見られるために、不発弾等に対する対策、これは重要な課題であると認識をいたしております。
今回の事故を重く受け止めまして、今後とも安全かつ確実に不発弾処理を実施していく考えであります。
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| 高良鉄美 |
所属政党:沖縄の風
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参議院 | 2025-06-12 | 外交防衛委員会 |
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慎重にも慎重にということで、いろいろあると思いますけれども。
沖縄戦では二十万トン、これ大体、米軍の砲弾が落ちて、一万トンが不発弾だと言われています。その一万トンのうち、米軍とそれから沖縄の住民が処理してきたのが大体五千五百トンぐらい、それで、自衛隊によってまた二千トンぐらいやっていますので、今は大体もう二千トン弱、前後だと思うんですね。でも、これでも、二千トンといったって、これは百キロ爆弾を二十回わあっとやらなきゃいけない、二百回ですかな、もう計算がちょっと、大分ありますけれども。
そこで、やっぱりこの不発弾の問題というのは、実はその処理の問題だけじゃなくて、住宅の建築とか、もう普通の状態で、首里高校のグラウンドから十六個の爆弾が見付かったと、二百五十キロ爆弾を始めですね。そして、来月もこれ、また爆弾処理をするんです。ですから、沖縄の方で、自衛隊の必要性、非常に感じていると。これ
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| 岩屋毅 |
所属政党:自由民主党・無所属の会
役職 :外務大臣
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参議院 | 2025-06-12 | 外交防衛委員会 |
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高良先生には、大変お疲れさまでございました。いろいろお教えいただいて、ありがとうございました。
御指摘の分島・増約ですけれども、直近まで正直、私存じ上げませんでしたが、調べましたところ、明治四年に締結された日清修好条規を改正し、また中国内部において欧米並みの通商権を獲得するために、当時の明治政府が清国に対して宮古、八重山の二島を割譲することを提案したとされることを指すと承知をしております。
しかし、その後行われた同条規の改正交渉では、最終的に双方で合意に至らず、同条規は、明治二十八年四月に調印された日清講和条約、いわゆる下関条約第六条において破棄されたと承知をしております。
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| 高良鉄美 |
所属政党:沖縄の風
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参議院 | 2025-06-12 | 外交防衛委員会 |
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資料の二の二の方ですね、最後の二つですけれども。沖縄は、一八七二年、これ廃藩置県の翌年です、もう藩はありません、しかし七二年から琉球藩ができるんです。明治五年のことです、これが、琉球藩がですね。江戸時代ではもちろんないわけなので、琉球藩の場合には、琉球国王に対して、詔勅によって、藩主ではなくて藩王と、藩王に封ずるとなされたわけです。ついでにと言ったら変ですけれども、華族である侯爵ですね、侯爵に列するということも付いておりました。そして、一八七九年、この琉球藩がいわゆる琉球処分によって沖縄県ということになるわけですけれども、これ廃藩置県の置県とはちょっと違っていまして、処分という形で琉球を、琉球藩を沖縄県とするという、処分官が行ってそれを通告したわけです。
そうすると、藩王はどうなったのかといいますと、藩王になった後は、首里城を追われて、結局東京で侯爵として住むということを強制されたわけ
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| 門脇仁一 |
役職 :外務省大臣官房参事官
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参議院 | 2025-06-12 | 外交防衛委員会 |
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お答え申し上げます。
一次資料を網羅的に確認しているわけでは、できているわけではございませんが、資料や研究書、論文等に基づけば、明治四年に締結された日清修好条規には明治政府が求める最恵国条款が含まれていなかったと、このことから、同修好条規の改正等を目的に清国と累次協議が行われ、その中で、日本側より清国側に対し、いわゆる分島・増約が提起されたと承知しております。
先ほど岩屋大臣の方から御説明申し上げましたが、その後行われた改正交渉、実際始まりましたけれども、最終的には双方で合意に至らず、この条規は、一八九五年、明治二十八年四月に調印された日清講和条約、いわゆる下関条約第六条において破棄されたというのが経緯だと承知しております。
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| 高良鉄美 |
所属政党:沖縄の風
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参議院 | 2025-06-12 | 外交防衛委員会 |
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実はこれ、合意はしていたんですよ。合意があって、宮古、石垣は中国に渡すと、清にですね。その清の方が、これどうかと。要するに、琉球王国という沖縄本島からは来ないのかと。そういうことで、嫌々ながらの合意をしたんです。日本側はこの最恵国待遇を得ると。石垣島でサインをすると、調印をすることまで合意されていて、用意されていたテーブルに着かなかったのが中国です、この清国ですね。だから今、宮古、石垣はあるわけですよ、沖縄県として。
そのときの一つの原因の中に、やっぱり沖縄の琉球藩時代から、その琉球王国時代から官僚として勤めてきた人が、これは大変になると、沖縄は、ということで中国に渡って、清の政府に言ったんですよ。これやめてくれと、こういうことは受け入れないでくれと。しかし、最初、もう関心を示さないので、沖縄は大変なことになるということで、割腹自殺をしたんですよ。その人のお墓に私行きましたけど。やっぱ
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| 門脇仁一 |
役職 :外務省大臣官房参事官
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参議院 | 2025-06-12 | 外交防衛委員会 |
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網羅的に一次資料を確認できているわけではございませんけれども、例えば、明治十三年十一月十三日付けで井上外務卿から三条太政大臣に宛てた文書においては、琉球の中、宮古、八重山二島をもって清国に属し、もって二国の境界を清め、したがって日清条約を増加し、もって和好を表明するの専約とするという記述があるというのは承知しておりますけど、尖閣諸島への明示的な言及については確認できておりません。
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| 高良鉄美 |
所属政党:沖縄の風
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参議院 | 2025-06-12 | 外交防衛委員会 |
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尖閣については言及がないという、余り大したことないだろうと思っていたんでしょうけど、今大変な問題、いろいろ日本では言っていますけれども。
そこで、大臣の答弁の中にも、委員の質問の中にも、尖閣列島については歴史的にも国際法上も我が国固有の領土と述べられていますが、この歴史的に固有の領土であるというこの年代、先ほど明治が出ましたけれども、その内容をお示しください。
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| 門脇仁一 |
役職 :外務省大臣官房参事官
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参議院 | 2025-06-12 | 外交防衛委員会 |
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お答え申し上げます。
尖閣諸島は、一八八五年以降、日本政府が沖縄県当局などを通じて再三にわたり現地調査を行った結果、単に無人島であるだけではなく、清国を始めどの国の支配も及ばないことを慎重に確認した上で、日本政府は、一八九五年一月十四日に閣議決定を行い、正式に日本の領土に編入しております。この行為は、国際法上、正当に領有権を取得するためのやり方に合致しております。
その後、一八九六年には、民間の実業家が明治政府の許可を得て尖閣諸島の本格的な開拓を開始しました。これによって、多くの日本人が尖閣諸島に居住し、漁業を中心に、かつおぶし工場や羽毛の採集などに従事することになりました。
このように、明治政府が尖閣諸島の利用について個人に許可を与え、許可を受けた者がこれに基づいて同諸島において公然と事業活動を行うことができたという事実は、同諸島に対する日本の有効な支配を示すものです。
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