国民民主党・無所属クラブ
国民民主党・無所属クラブの発言9629件(2023-01-26〜2026-06-25)。登壇議員39人・対象会議53件。期間や会議名で絞込可。
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発言一覧
| 発言者 | 肩書 | 院 | 日付 | 会議名 |
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| 村岡敏英 |
所属政党:国民民主党・無所属クラブ
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衆議院 | 2025-02-03 | 予算委員会 |
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総理、是非、その認識は、今日はほかの質問もあるので深く掘り下げませんが、これは本当に、楽しい日本、日本がもう一度再起動するということになれば、これは大切な問題だという認識を是非共有したい、こういうふうに思っております。
次に、食料の安全保障ということで、三八%の食料自給率は、国民の皆さんも何度も言われてよく分かっていると思います。日本が経済的に世界から食料を買えれば困らない。しかしながら、今ここに出した資料は、一九九八年、日本が食料を輸入している、世界の輸入の中で、千三百四十一億ドル中、日本は四〇%輸入していました、世界の中で。ところが、二〇二一年は、日本は一八%になりました。何かGDPと同じような感じですけれども。
なぜかというと、それは中国の台頭なんです。中国がやはり食料を求めてどんどん世界から買っています。そうなると、食料自給率というのは、例えば、気候変動であったり、また、な
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| 村岡敏英 |
所属政党:国民民主党・無所属クラブ
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衆議院 | 2025-02-03 | 予算委員会 |
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具体的に言うと、交付金の部分でいけば、直接支払いをやはり農業に取り入れなきゃいけない。特に農地をしっかり守らなきゃいけない。その部分においては、やはり所得を上げていかなければ、農家の方に、例えば米を作っているのに飯が食えない、こんな皮肉なことがあっていいはずがありません。
ですから、しっかりと、まずは食料の安全保障支払いということを我々は提案しています。農地は、別に水田じゃなくても、畑でも。それが基本にあって、その上でいろいろな対策。例えば、これから政府が取り組もう、農林省が取り組もうとしている価格に関して、いろいろ調査をしながら、適正価格を望んでいくということも必要でしょう。そして、需要を増やすために様々な取組が必要でしょう。そして、輸出も必要です。
特に輸出は、総理が非常にそこに力を入れているみたいで、これは一月の二十日ですか、動静を見ると、江藤農林大臣、林官房長官、農林省の幹
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| 村岡敏英 |
所属政党:国民民主党・無所属クラブ
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衆議院 | 2025-02-03 | 予算委員会 |
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総理、当然、それは輸出は自給率のアップになります。そのときに、取組方というのが大切だと思います。今現在、米は七百万トン一年間に取れている中で、輸出はたったの四万トンです。これをどのぐらい増やしていくかという戦略をしっかり立てていかなきゃいけないと思います。
先ほど、フランスの話が出ました。フランスやイタリアが最初にパスタや何かを、もちろん違う国が作っている加工もありますが、やるときにはやはりワインを、非常にセットにして、全世界のイタリア大使館、そしてフランス大使館に、ワインと一緒にイタリアの食材を持っていって、例えばレストランだとか、いろいろなところに紹介していきました。
そういう意味でいけば、日本が本当に米を売ろうと思ったら、それはパックだとかいろいろなことがありますけれども、日本酒というのは非常に今注目されているんです。
その辺、江藤農林大臣にお聞きしたいと思いますが、戦略
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| 村岡敏英 |
所属政党:国民民主党・無所属クラブ
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衆議院 | 2025-02-03 | 予算委員会 |
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時間がないので、農業だけで終わりそうですけれども。
今、農業の部分の中で、百八万あった米などの耕作の農家の経営体は、三〇年には半分になる、五十四万になると言われています。そして、農地の三分の一は耕す人がいなくなっちゃう。この中でスマート農業だとか様々なことがあるにしても、今取り組まなければ日本の食は危機にある、こう思っています。
そして、農業新聞や様々な農業者が言っているのは、今こそ政治が出番なんです。農業をしっかり守るということは、政府・与党、自民党、公明党だけじゃなく、これは野党も全員協力すると思いますよ。熟議の国会で、農業者が所得向上し、そして日本の食料自給率が上がるためにしっかりと取り組みたい、こう思っていますので、総理にもその覚悟があるか、最後にお聞きして終わりたいと思います。
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| 村岡敏英 |
所属政党:国民民主党・無所属クラブ
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衆議院 | 2025-02-03 | 予算委員会 |
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ありがとうございました。
是非、これからも議論をして、日本の農業、地方がよくなるような形でのものを目指していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
ありがとうございました。
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| 西岡秀子 |
所属政党:国民民主党・無所属クラブ
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衆議院 | 2025-01-28 | 本会議 |
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国民民主党・無所属クラブ、西岡秀子です。
ただいま議題となりました石破総理大臣の施政方針演説に対して、会派を代表して質問いたします。(拍手)
元日の能登半島地震から一年が経過し、十七日には阪神・淡路大震災から三十年目を迎えました。能登半島においては九月にも豪雨災害に見舞われ、深刻な被害をもたらしました。昨年は、全国各地において自然災害が多発し、多くの貴い命が失われました。改めて、犠牲になられた皆様の御冥福を心よりお祈り申し上げますとともに、被災された皆様にお見舞いを申し上げます。一日も早い復興復旧に向けて取り組んでまいります。
まず、手取りを増やす政策について質問いたします。
さきの総選挙で、国民民主党は、手取りを増やす政策を訴え、多くの国民の皆様から御支援をいただき、議席を増やすことができました。昨年は、大企業を中心に五%を超える高水準の賃上げが実現し、今まさに賃金デフレ
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| 許斐亮太郎 |
所属政党:国民民主党・無所属クラブ
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衆議院 | 2025-01-23 | 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 |
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国民民主党・無所属クラブの許斐亮太郎でございます。
本日は、質問の機会をいただきまして、ありがとうございます。
私は、去年まで二十五年間、NHKで報道カメラマンに従事しておりました。その中で沖縄局での勤務も経験いたしました。その経験を踏まえて質問させていただきたいと思います。加えて、私は誕生日が二月の七日でございます。北方領土の日です。この委員会を心から希望してまいりました。
それでは、人生初の議会での質問に入りたいと思います。よろしくお願いします。
まずは、沖縄の戦後八十年について質問いたします。
戦争体験者や遺族にとっては節目などない、そう思いますが、国としては、この沖縄が歩んできた八十年の歴史、節目、そしてこの現状をどう捉えているのか、伊東大臣、宮路副大臣の思いをお聞かせください。
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| 許斐亮太郎 |
所属政党:国民民主党・無所属クラブ
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衆議院 | 2025-01-23 | 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 |
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ありがとうございます。
伊東大臣、更なる質問で恐縮ですが、沖縄振興についてのお考えをお聞かせください。
沖縄戦を戦った海軍司令官、大田実中将が、昭和二十年六月六日、自らの命を絶つ前に、海軍次官に送った電報があります。御存じと思いますが、内容は、地上戦の惨状と県民の献身ぶりを訴えたものです。そして、その最後には、「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」、つまり、県民はこのように戦いました、県民に対して後世特別の御配慮をと結ばれています。我々が引き継ぐべきことではないかと私は思っています。
戦後八十年、改めてこの言葉についての伊東大臣の感想と、沖縄振興に何が必要かということをお聞かせください。
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| 許斐亮太郎 |
所属政党:国民民主党・無所属クラブ
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衆議院 | 2025-01-23 | 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 |
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ありがとうございます。思いが共有できたと思っています。
私は、沖縄振興で欠かせないのが、大臣もおっしゃった、やはり基地の返還だと思います。
これまで様々な基地の返還が行われてきたことは、外交を始めとして、政府の努力のたまものだと思っています。そして、その返還された土地が利用されて、新たな産業を生み出しています。だからこそ、急ぐべきは普天間基地の返還だと私は思っています。その後の開発が沖縄の飛躍的な発展につながると私は信じています。
そして、その観点から、移設先である辺野古新基地についてお伺いします。
本田副大臣に単刀直入に質問します。辺野古新基地はいつ完成するんですか。実現可能な時期をはっきりとお示しください。
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| 許斐亮太郎 |
所属政党:国民民主党・無所属クラブ
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衆議院 | 2025-01-23 | 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 |
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本当にできるんですか。そう言って、ずっとずっと遅れてきている、私はそう思っています。
私がNHK放送局でカメラマンとして勤務していたときに、まさに辺野古でのボーリング調査の開始がありました。およそ十年半前、二〇一四年八月十八日午前十一時のことです。私は、辺野古の海にボーリングの機材がまさに水面に入る瞬間を大浦湾がよく見える瀬嵩の高台から撮影していました。
その時点で、工事完了の予定のアナウンスは二〇二〇年、普天間基地の返還は何と二〇二二年の予定でした。本来なら、もう返還されていてもおかしくないですよね。しかし、その時点でも、実は、二〇二〇年度若しくはそれ以降というただし書という保険があったことも私は覚えています。ですが、もう既に十三年がたちました。
これはいつまで我々は待てばいいんですか。裁判や地元の対策で工事が遅れたことは理解しています。しかし、やはり、国の見積りの甘さ、大浦
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