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内閣委員会

内閣委員会の発言36579件(2023-01-26〜2026-07-24)。登壇議員1266人。関連発言を時系列で確認できます。

最近のトピック: 国旗 (168) 損壊 (109) 国民 (96) 法案 (91) 感情 (68)
発言一覧
発言者 肩書 院 日付 会議名
会議録情報 参議院 2024-03-12 内閣委員会
令和六年三月十二日(火曜日)    午前十時開会     ─────────────    委員の異動  三月七日     辞任         補欠選任      古庄 玄知君     高橋はるみ君      友納 理緒君     加藤 明良君  三月十二日     辞任         補欠選任      塩村あやか君     石川 大我君     ─────────────   出席者は左のとおり。     委員長         阿達 雅志君     理 事                 磯崎 仁彦君                 酒井 庸行君                 広瀬めぐみ君                 石垣のりこ君                 宮崎  勝君     委 員                 衛藤 晟
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阿達雅志
所属政党:自由民主党
参議院 2024-03-12 内閣委員会
○委員長(阿達雅志君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。  委員の異動について御報告いたします。  昨日までに、友納理緒君及び古庄玄知君が委員を辞任され、その補欠として加藤明良君及び高橋はるみ君が選任されました。     ─────────────
阿達雅志
所属政党:自由民主党
参議院 2024-03-12 内閣委員会
○委員長(阿達雅志君) この際、古賀内閣府副大臣から発言を求められておりますので、これを許します。古賀内閣府副大臣。
古賀篤
役職  :内閣府副大臣
参議院 2024-03-12 内閣委員会
○副大臣(古賀篤君) おはようございます。内閣府副大臣の古賀篤でございます。  経済安全保障、科学技術政策、海洋政策等を担当いたしております。  松村大臣、高市大臣をお支えし、力を尽くしてまいる所存でございます。  阿達委員長、理事、委員各位の御指導、御鞭撻をよろしくお願い申し上げます。
阿達雅志
所属政党:自由民主党
参議院 2024-03-12 内閣委員会
○委員長(阿達雅志君) 古賀内閣府副大臣は御退席いただいて結構です。     ─────────────
阿達雅志
所属政党:自由民主党
参議院 2024-03-12 内閣委員会
○委員長(阿達雅志君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。  内閣の重要政策及び警察等に関する調査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、内閣官房内閣審議官彦谷直克君外四十三名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
阿達雅志
所属政党:自由民主党
参議院 2024-03-12 内閣委員会
○委員長(阿達雅志君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ─────────────
阿達雅志
所属政党:自由民主党
参議院 2024-03-12 内閣委員会
○委員長(阿達雅志君) 内閣の重要政策及び警察等に関する調査を議題とし、去る七日に聴取いたしました国務大臣の所信等に対し、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。
磯崎仁彦
所属政党:自由民主党
参議院 2024-03-12 内閣委員会
○磯崎仁彦君 おはようございます。自由民主党の磯崎仁彦でございます。  先日の大臣所信に対して質問をさせていただきたいと思います。  まず、昨日、三月十一日、東日本大震災から十三年目の日でございました。まだ復興は道半ばということだと思いますし、まだまだ避難を余儀なくされている方が数多くいらっしゃいます。また、一月一日には能登半島地震が発生をいたしました。両震災によりましてお亡くなりになられました皆様方の御冥福をお祈りするとともに、与野党挙げて復興復旧に向けてしっかり頑張ってまいりたいというふうに思っております。  私は、最近、地元で有権者の皆様方の前でお話をするときに、不易流行という言葉を紹介をさせていただいております。この言葉は、いつまでも変化しない、本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものを取り込んでいく、こういう言葉でございます。不易というものは、変わらない、変
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新藤義孝 参議院 2024-03-12 内閣委員会
○国務大臣(新藤義孝君) 磯崎議員、私、ほぼ同年代でございますし、私も娘から昭和だねと言われることはよくございますので、気持ちは共有できると思います。でも一方で、昭和の人たちは高度成長を知っていますから、社会が伸びていく、国が元気になっていくことも我々は知っているわけでありますから、それをもう一回、また別の形で実現させなければいけないと、こういう思いもございます。  今、何よりも日本経済は三十年ぶりのチャンスを迎えていると。長い間続いてしまったこのデフレ型の経済によって、賃金も上がらない、物価も上がらない、したがってGDPも上がらない、業績も余り上がらない。こういう中で、いかに限られた資源の中で自分たちを維持するかとなれば、結局どこかをコストをカットするとか安全な政策を打つ、こういう中でまずは会社を含めて自分たちの暮らしを持続させようと、こういう思考が私たちはもう染み付いているというか、
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