沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会
沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会の発言1237件(2025-10-21〜2026-07-24)。登壇議員109人。関連発言を時系列で確認できます。
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発言一覧
| 発言者 | 肩書 | 院 | 日付 | 会議名 |
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| 川名晋史 |
役職 :大東文化大学法学部政治学科教授
役割 :参考人
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参議院 | 2026-07-03 | 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 |
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おっしゃるとおりだと思います。再設定というか、我々が認識を新たにすべきところがあるとすれば、先ほど申し上げた国連軍の枠組みは、これは一九五〇年の段階から、つまり日本が主権を回復する以前からこの枠組みはあったし、日本は国連軍地位協定も結んでいます。
それから、この西太平洋地域においてアメリカが重要視している、例えばフィリピンとかオーストラリアとかニュージーランドとか、あるいは、かつては台湾、そしてもちろん韓国、こうした国々とアメリカが締結しているいわゆる軍事同盟、相互防衛条約というのは、その対象地域を西太平洋あるいは太平洋というふうに表現しています。つまり、この西太平洋や太平洋の中には日本が入っているわけです。
したがいまして、日本にいる、例えば沖縄にいる米軍が外部から攻撃を受けたときに、当然ながら日米安保どうするんだという問題がありますけれども、アメリカからすれば、それは日本だけの
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| 窪田哲也 |
所属政党:公明党
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参議院 | 2026-07-03 | 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 |
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ありがとうございます。非常に参考になりました。
我が国の安全保障、外交をやはり沖縄問題というのはないがしろにできませんし、厳しく我々は向き合っていかなきゃいけないと思います。
今日は大変にありがとうございました。
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| 青島健太 |
所属政党:日本維新の会
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参議院 | 2026-07-03 | 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 |
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日本維新の会の青島健太と申します。
三人の参考人の皆様、今日はありがとうございました。
お隣の窪田委員は、長らく沖縄で記者として大事な場面、歴史的な場面をずっと目撃してきたという中で今お尋ねがありました。私の場合は前職はスポーツの取材者でありましたけれども、沖縄は大変スポーツ盛んなところでありましたので、私も三十年来、毎年のように、何回行ったか覚えていないぐらいお邪魔をさせていただきました。
私がやっていた野球はもちろんですけれども、ゴルフ、バスケット、あるいはハンドボール、あるいは空手、沖縄には本当にすばらしいスポーツがあって、また、この委員会室には芸能で御活躍の方もいらっしゃるけれども、いずれにしても、沖縄、若い方々が本当に夢を持って躍動しているという場面を私取材させていただいたのは大変光栄なことだし、有り難いことだなと思っておりました。
とりわけ野球のキャンプのシーズ
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| 前泊博盛 |
役割 :参考人
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参議院 | 2026-07-03 | 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 |
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不時着事故でいうと、多いときはもう百件、二百件も起こっているんですね。こういったものが表に出てくることがないので余りぴんとこないかもしれませんが、墜落事故が一件、二件起きる前には、不時着事故が二百件、あるいは百五十件とか二百五十件とかいう形で起きているんですね。こういうことが起きていること自体がやっぱり知られていないというのがあります。
それから、CH53、沖縄国際大学にも墜落をしましたし、北部の訓練場にも不時着、炎上しています。こういったものを見ると、実はこの老朽化が激しい。CH53に至っては、もう次のCH53、DからEになって、その後Kを投入しなきゃいけないのに、軍事費を削っているためにそれが投入できないというアメリカ側の事情もあるようですね。
そういう意味では、老朽機を沖縄で運用されていること自体をまずチェックをしていく必要があるのではないかと思います。部品すらも供給が止まっ
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| 青島健太 |
所属政党:日本維新の会
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参議院 | 2026-07-03 | 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 |
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日常的にそうした危険と向き合っているというお話、よく分かりました。
私も沖縄国際大学の門のところに立たせていただきました。今は何もない、もう本当に、ところですが、町のど真ん中だという、大変なところだなというのも見てまいりました。
続いて、川名参考人に伺います。
世界で一番米軍の基地があるのが沖縄でありますし、また、米軍の基地をずっと研究していらっしゃる立場で、ちょっと象徴的な場面として私挙げさせていただいたんですが、子供たちが野球をやっているようなグラウンドにも軍の飛行機が降りてくるという、こういう事態というのは世界的にもこれ許されるのか、あるいは米軍がいる限りこういうことはやっぱりあるのか、この辺りはいかがなんでしょうか。
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| 川名晋史 |
役職 :大東文化大学法学部政治学科教授
役割 :参考人
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参議院 | 2026-07-03 | 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 |
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世界的にはもちろん非常にレアなケースです。通常は、市街地にはやっぱり飛行場というのを設置しませんし、むしろ例えば砂漠地帯とか民間人との接触がほとんどないような場所において米軍の飛行場というのは運用されるものです。冷戦期に例えばスペインのマドリードにも飛行場があったんですけれども、これはやっぱり物すごく不人気で、結局、米軍は撤退することになります。
ですから、市街地の飛行場というのは、アメリカもそれが問題であるということは重々承知していますし、重大事故が起きれば、その基地、飛行場だけではなくて、例えばそれを規定している法的根拠である、日本の場合であれば日米安保条約みたいな、そういう上位の条約にも影響が及ぶということは彼らはこれまでも経験してきていますので、それは避けたいというふうに彼らは考えています。
ですから、日本がアメリカとの同盟関係を重視し、昨今の安全保障環境に照らして、やはり
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| 青島健太 |
所属政党:日本維新の会
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参議院 | 2026-07-03 | 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 |
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ありがとうございます。
名護市の渡具知市長も、当然、沖縄防衛局に抗議をされて、そして、あのヘリコプター不時着の話ですが、ルートをしっかりと事前に教えてほしい、ないしは学校の上を飛ばないようにというオーダーは当然出しているんでしょうが、依然としてそれは改善されていないという現状があるようでございますが。
佐喜眞市長にお伺いをいたします。
宜野湾市の二五%が普天間基地、キャンプ瑞慶覧も入れると二九・四%が基地で占有されているという、非常にまた難しいというか、大変な市政をおあずかりでいらっしゃるかと思います。
名護でもこういった不時着がある、事故には至っていませんが、様々な御苦労があるんだと思いますが、市政の中で今一番苦心されている、基地の周辺、基地に関することで苦心されている行政、市政、運営というのはどの辺りにおありなんでしょうか。
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| 佐喜眞淳 |
役職 :宜野湾市長
役割 :参考人
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参議院 | 2026-07-03 | 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 |
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ありがとうございます。
資料として私どもが提供したこういう冊子があると思います。そのページをお開きになっていただきたいのが、四ページ、これが宜野湾市の全体像でございまして、まさに町のど真ん中に普天間飛行場があり続けていると。
そのうち、次のページなり、その周辺には、国際大学あるいは普天間第二小学校を含め、宜野湾市には九つの小学校と四つの中学校、これは公立ですから、私立も含めるとそれ以上になりますが、中でも、八ページ、私どもの人口密度は五千六十三名・キロ平方メートルですけれども、これは当然基地を入れての人口密度ですから、基地には宜野湾市民住むことできませんので、その基地の面積を抜いた場合には七千百七十一名という、これ東京の人口密度も超えているんですけれども。
そういう意味では、狭隘な市の面積、なおかつ、交通渋滞など、計画的な町ができない。今住んでいる宜野湾市民の皆様方が物すごく不
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| 青島健太 |
所属政党:日本維新の会
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参議院 | 2026-07-03 | 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 |
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時間が来ました。終わります。ありがとうございました。
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| 梅村みずほ |
所属政党:参政党
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参議院 | 2026-07-03 | 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 |
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参政党の梅村みずほと申します。よろしくお願いいたします。
三名の参考人の皆様、本日は本当にありがとうございます。
佐喜眞市長からは、市長でありつつ、自分にできることが、やはり国と国の約束事に基づくものでしたら、限られているところへのジレンマ、あるいは歯がゆさというものをにじませながら実情を教えていただき、ありがとうございました。
先月、私も嘉数の高台から普天間を見下ろしてまいりました。もう想像の何倍も広大で、そして密接したところに住宅、そして学校、病院、様々な施設があると。ここで轟音とともに日々を暮らしていらっしゃる皆様の御苦労、そして御不安を思うと、やはり生で見てくるインパクトというのは大きくて、一日も早く全面的な返還がなされることを私としても願っております。
前泊参考人のお言葉で非常に刺さったのが、敗戦国日本にできるのはこれぐらいだという先ほどのお言葉ですね。戦後八十年
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