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法務委員会

法務委員会の発言32949件(2023-03-07〜2026-07-24)。登壇議員665人。関連発言を時系列で確認できます。

最近のトピック: 再審 (190) 証拠 (146) 請求 (93) 事件 (72) 検察官 (60)
発言一覧
発言者 肩書 日付 会議名
古庄玄知 参議院 2026-04-16 法務委員会
それでは次に、改正法第二条四号、高速度類型についてお尋ねします。  この高速度類型についても数値基準導入したのは大きな前進だと思います。ただ、最高速度が六十キロ以下の道路の場合は五十キロオーバーした場合、それから最高速度六十キロ以上の道路は六十キロ以上オーバーした場合、この場合に危険運転致死傷罪が成立すると、こういう話なんですけれども、この基準も高過ぎるんじゃないかと、こういう意見が出ております。この辺、どういう根拠でこういう数字を基準として用いたのか。  それから、聞くところによると、制限速度の一・五倍とか二倍とか、そういう倍数でいくという見解もあったと思うんですが、その辺じゃなくて、この何キロオーバーというふうに基準を数値を用いた、そこのところをちょっと教えてください。
佐藤淳
役職  :法務省刑事局長
参議院 2026-04-16 法務委員会
お答えいたします。  改正後の法第二条第四号は、道路及び交通の状況に応じて重大な交通の危険を回避する、すなわち適切な対処をすることが著しく困難となるという高速度運転の危険性を捉えるものでございます。  同号の数値基準は、その速度以上の速度で自動車を運転する行為であれば、道路や交通の状況を問わず一律にそうした高度の危険性、すなわち対処困難性が認められるとともに、悪質性も認められ、適切な対処をおよそ放棄していると言える速度を定めるものでございます。そうした数値基準を定めるに当たっては、道路交通の事情に照らすと最高速度に応じて定めることが合理的であると考えられるところでございます。  その上で、今いろんな最高速度の定め方があるということでありましたけれども、具体的な数値の在り方については、最高速度を遵守していれば回避できる障害物をおよそ回避できなくなる、これが、物理モデルに基づく理論的な限
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古庄玄知 参議院 2026-04-16 法務委員会
ちょっと次の質問飛ばします。  そうすると、数値基準を超えて高速度で走行していたところ、被害者に気付いて急ブレーキを踏んで、数値基準は下回ったものの、避け切れず被害者と衝突して死傷結果が発生したと。そういう場面にも本類型は適用されるんでしょうか。
佐藤淳
役職  :法務省刑事局長
参議院 2026-04-16 法務委員会
犯罪の成否は、収集された証拠に基づいて個別の事案ごとに判断されるべき事柄でありまして、一概にお答えすることは困難ではありますが、その上で、改正後の法第二条第四号の罪が成立するためには、同号に規定する行為と人の死傷結果との間に因果関係が認められることが必要でございます。  そして、一般に判例は、犯罪に係る因果関係の存否について、生じた結果が実行行為の危険が現実化したものと評価できるかどうかという枠組みにより判断していると考えられているところでございます。また、判例は、実行行為と結果との間に介在事情があった場合には、その介在事情が著しく不自然、不相当であったかどうかによって因果関係の存否を判断していると考えられるところでございます。  このような判例の考え方を前提といたしますと、数値基準を満たす高速度で自動車を運転して死傷事故が起きた場合、高速度での運転行為と結果との間に何らかの介在事情が
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古庄玄知 参議院 2026-04-16 法務委員会
この危険運転致死傷罪というのは故意犯だというふうに言われておりますけれども、この今の数値基準、例えば六十キロ以上をオーバーしているかどうかと、そういう犯罪類型に関して考えた場合に、その故意の対象というのは何になるのかという点についてお答えください。
佐藤淳
役職  :法務省刑事局長
参議院 2026-04-16 法務委員会
改正後の法二条第四号の数値基準を設けた場合、同号に係る危険運転致死傷罪の故意としては、犯行時に自車に適用される最高速度の認識及びそれに対応する数値基準を満たす速度で自車を運転していることの認識が必要であると考えられるところでございます。  もっとも、いずれの認識につきましても、概括的、未必的なもので足りると考えられるところでございます。
古庄玄知 参議院 2026-04-16 法務委員会
そうすると、例えば、この道路は制限速度百キロだと。自分は今百五十キロで走っているというふうに認識していたと。客観的には百七十キロで走っていたと、だけど自分は百五十キロだろうと思っていたと。その場合はこの条文は適用されるんですか、されないんですか。
佐藤淳
役職  :法務省刑事局長
参議院 2026-04-16 法務委員会
今お話しした速度とそれから自車の速度の認識でありますけれども、概括的、未必的なもので足りると考えられて、もとより個々の事案における証拠に基づく事実認定の問題ではあるとは思います。  とはいいながら、アクセル操作の状況であるとか景色の移り変わりであるとか、周囲を走行する車両との比較などから自車の速度について概括的又は未必的に認識することは比較的容易であると考えられることからすると、実務的には、客観的に数値基準を満たす速度で自動車を運転していた場合には、本人の供述によらずとも、様々な事情に照らし、自車の速度に関する概括的又は未必的な認識が認められることも多いのではないかと考えられるところでございます。
古庄玄知 参議院 2026-04-16 法務委員会
そうすると、多いのではないかという答えなんだけど、要は、そういう客観的なものなんかが全くない場合にね、ない場合で、本人はあくまでも自分は百五十キロだと思っていたと、客観的には百七十キロだったと。本人が、自分が七十キロ以上オーバーして走っているというその認識を客観的に証明できない場合、この場合はこの危険運転致死罪は成立しないと、そういう理解でいいんですか。
佐藤淳
役職  :法務省刑事局長
参議院 2026-04-16 法務委員会
今の故意については、あくまで概括的、未必的なものであると、で足りるというふうに考えているところでございますが、先生おっしゃるように、そこの故意が概括的な、未必的な故意も認められないということになればこの罪は成立しないというのは、論理的にはそういうことでございます。  とはいいながら、今の交通事情であるとかドライブレコーダーであるとか、そういったことの客観証拠から見て、こういうふうな、現に百七十キロで走っているという認識が、ことが認められる場合には、本人も自ら自分で運転して、アクセルを踏んで運転しているわけでございますので、そういった概括的、未必的な認識が認められる場合が多いだろうということを申し上げているつもりでございます。