財務金融委員会
財務金融委員会の発言11821件(2023-02-08〜2025-12-17)。登壇議員430人。関連発言を時系列で確認できます。
最近のトピック:
紹介 (133)
税率 (117)
廃止 (110)
暫定 (83)
財源 (80)
発言一覧
| 発言者 | 肩書 | 院 | 日付 | 会議名 |
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| 井林辰憲 |
所属政党:自由民主党・無所属の会
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衆議院 | 2023-06-21 | 財務金融委員会 |
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○井林委員 自民党の井林でございます。
今日は、三人の意見陳述者の方々に、こうして貴重な機会をいただいたことを心から御礼を申し上げたいというふうに思っておりますし、また、三人の意見陳述人の皆様それぞれ、実体験に基づいた、また日頃からのライフワークを通じた御意見をいただいたことを心から御礼を申し上げたいというふうに思っております。
復興財源の一部を、税率を引き下げて、そして防衛財源に充てさせていただくという措置でございますが、私も、二〇一六年になりますが、環境省の政務官として、この地域の除染に当たらせていただきました。当時は、特定復興再生拠点区域に初めて除染をしたり、あと中間貯蔵の建設を始めさせていただいた時期でございまして、地域の皆様方には大変大きな御理解と、そして関係行政機関の皆様方には大きな御支援、そして復興にかける強い思いをお伺いしたところでございます。
今回の復興特別所
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| 大土雅宏 | 衆議院 | 2023-06-21 | 財務金融委員会 | |
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○大土雅宏君 自分が一般市民として思うことは、お金だけの問題じゃないかなというところが一番、被災地に対する、予算がどうこうというのよりも、自分なんかはずっと被災者さんの横につきながら、寄り添いながら支援をずっと続けてきたので、何か、お金の支援というのよりも、もうちょっと話を聞くというか、そこのところが、行政の長の方たちとかは多分、予算だったりとか、その先を見据えたというところが必要かもしれないんですけれども、一般市民からすると、やはりちゃんと寄り添ってくれているのかというところが、一番大事な、自分も避難生活をずっとしていたので、その中でやはり中心にあるのは、どこに行っても福島人である、東北人であるということと、あとは、町がちゃんと支えてくれているのかというところの心のやり取りが必要だったりするのかなと思うので、そこが一番、福島の人たちが今気にしているところというのはそこがあるんじゃないのか
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| 鈴木浩 |
役職 :福島大学名誉教授
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衆議院 | 2023-06-21 | 財務金融委員会 |
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○鈴木浩君 今御説明があったんですけれども、当初から私たちが問題意識を持ったのは、この防衛力増強に対して復興予算を流用するという側面が我々には説明されてきました。今の御説明のように、復興予算は確実に確保するということの意味が私たち福島県民には十分理解されていないと思います。
それと同時に、私たちはやはり、門馬市長からもお話があったように、あるいは大土さんからもあったように、この十二年たって、特に、原発災害が収まったというふうに思っている人たちはほとんどいないんです。まして、私は先ほど三つの課題を申し上げました。原発事故の収束と廃炉、それから地域社会と地域経済の再生、それからなりわい、生活の再建。この最後の、避難先で生活している人たちの生活再建、なりわい再建はどのように進んでいるか、皆さんどのくらい御理解いただいているんでしょうか。ほとんど今お手上げ状態なんです。
やはり、原発被災地
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| 門馬和夫 |
役職 :南相馬市長
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衆議院 | 2023-06-21 | 財務金融委員会 |
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○門馬和夫君 今回の税制措置に絡む懸念、あるいはそれを払拭することということでの御質問と思いますので、その面で答えさせていただきます。
基本的に、正しい情報を出し続けるといいますか、しっかりと説明してもらうことだと思います。
一方で、特に、全体像が見えない段階では、様々な臆測も含めて、後になってみると正しくない報道とか意見等も出されます。
是非、そうしたときに、一つ一つ丁寧に的確に対応することと、同じことをしっかりと、できるだけ多くの場面で申し上げていく。私ども、市町村で行政をやる際にもこのようなことがあります。大変難しい問題ですけれども、やはり基本は、一つのというか、正しいことをしっかりと丁寧に、何度も何度も機会を捉えて説明していくことに尽きるのかなと。王道はないと思っておりますが、そんなふうに思います。
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| 井林辰憲 |
所属政党:自由民主党・無所属の会
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衆議院 | 2023-06-21 | 財務金融委員会 |
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○井林委員 ありがとうございます。
大変貴重な御意見、また被災地の皆様方のお気持ちというものをお伺いをさせていただきました。
当然、今、鈴木意見陳述者がおっしゃったように、やはり被災地の方々にちゃんと御説明をしていくということは私は非常に重要なことだというふうに思っていますし、これは国会審議だけではなくて、政府の取組としてしっかりと説明をさせていただく。その中で、陳述人がおっしゃるように、行政機関だけではなくて、一人一人の住民の皆様に国が責任を持って説明をしていくということが重要ではないかなというふうに思いました。
あともう一つ、復興特別所得税の税率の引下げで、やはり、復興そのものが停滞をする、若しくは遅れてしまうのではないかという被災地の皆様方の御懸念というものもあると思いますし、また、復興財源スキームをつくったときから、鈴木陳述人がおっしゃるように、時間もたっております。
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| 門馬和夫 |
役職 :南相馬市長
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衆議院 | 2023-06-21 | 財務金融委員会 |
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○門馬和夫君 私ども今回、四月一日から、第三期総合計画ということで、八年間の計画をスタートさせました。この八年間で、あの原発からの復興が進んできたなというふうに思えるようなまちづくりをしたいと。ですから、あと数年間はかかるんだろうなと。こういう中で、一つの目安として、この八年間と思っております。
それに当たって課題ですが、まさに地域によって、私どもは、二十キロ圏内もあれば三十キロ圏外もあります。さらには、若い移住者もいれば、戻ってきた高齢者もいます。様々、地域によって、あるいは年齢層によって考え方も違うというのが大きな課題であり、それぞれに応じた対応をしなきゃならないというのが一つです。
それともう一つは、やはり人材ですね。一つを解決すると、新しい課題が出てきます。毎日が新しいことに直面しています。そこに臨機応変に対応するのはやはり、職員であり市民というか、人なんだと思うんです。で
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| 井林辰憲 |
所属政党:自由民主党・無所属の会
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衆議院 | 2023-06-21 | 財務金融委員会 |
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○井林委員 ありがとうございました。
私も、被災地で政治家としても仕事をさせていただきましたし、当選前、私の仲人親も宮城県ですが住んでいまして、一週間泊まり込みでボランティアもさせていただきました。最後まで被災地の復興にしっかりと関与していく、そして完遂を見届ける、そのことを最後にお誓い申し上げまして、私からの質疑とさせていただきます。
ありがとうございました。
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| 塚田一郎 |
所属政党:自由民主党・無所属の会
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衆議院 | 2023-06-21 | 財務金融委員会 |
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○塚田座長 次に、末松義規君。
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| 末松義規 |
所属政党:立憲民主党・無所属
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衆議院 | 2023-06-21 | 財務金融委員会 |
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○末松委員 立憲民主党の末松義規でございます。
先ほどから本当に率直な御意見を賜り、本当にありがとうございました。また、それぞれの御専門の立場から、御専門の分野で、しっかり福島県を含めた被災地の立場を代表して意見陳述をされたということで、心から私は敬意を表させていただきます。
私自身は、三・一一が起こったときに、実はその一週間後に、宮城県の緊急現地対策本部長として着任をしまして、当時、内閣府の副大臣をやっていましたけれども、そこで宮城県の県庁に陣取って、数か月間ずっと宮城県の復旧復興に携わっておりました。そこで様々な悲惨な状況とかお困りの皆様のお声をずっと聞いてきて、そして、その後実は、総理官邸の中で、野田内閣の中で総理補佐官として、三・一一担当ということでやらせていただきました。その後、その経験を生かして初代復興副大臣をさせていただき、そしてずっと復興に関わってきたわけですけれど
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| 大土雅宏 | 衆議院 | 2023-06-21 | 財務金融委員会 | |
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○大土雅宏君 ありがとうございます。
一番、震災から自分が感じているのは、十二年で被災地が年を取ったなと。自分も、災害支援を始めたときは三十歳だったんですね。今年で四十二、四十三歳になるというので、宮城の支援に入っていた島にこの間久しぶりに行って、コロナ明けで行ってきたんですけれども、宮城の塩竈の桂島という島で、約二百人くらいしかいない離島だったんですけれども、そこにコロナ明けで行ってみたら、半分に減っていました、人口が。二十代、三十代、四十代の方々がほぼ島外に出ていました。
なので、これは多分、宮城だけじゃなく被災地全体にというので、もちろん、子供たちも生まれ、自分たちの被災地、災害を知らない子供たちも大分増えたとは思うんですけれども、自分たちもいつまでも若くないんだと。
なので、あのとき頑張っていた四十代、五十代の方々も大分年を取っていたので、そんなので、被災地の復興、自分
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